黒色太陽紀行

Updated on 2020年3月20日 in 紀行文
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黒色太陽紀行

 

インドネシアの旅

 

熱帯の列車

 

8:25   MALANG departure

14:45 solo arrive

 

熱帯の椰子の葉に暑き風吹く

 

鉄道の旅は郷愁を誘い不可思議な心膨らむ。マランというところからソロに向かう。三四〇キロのインドネシアの旅情に浸る。傍らの人はインドネシアの大学教授とその夫人。彼我が師なり。バッグには車中にて食する予定の弁当なりか。惜別の情募る。車両重く音もなく時違わず発車し北西に向かう。暫時弁当売りの売り子の香水にその顔を見る。若き濃青色の制服に身を包み肌の色こく瞳耀く。ディーゼル機関車は警笛を鳴らし大きく揺れる。熱帯の太陽の下の田園風景と車内の快適な微風は調和ありか。

 

この国の異教徒の女に見入る

土臭い熱帯の列車動き出し

黒色太陽空に広がる風

 

ジャワ島の鉄道輸送大方旅客輸送なり。 旅客列車の等級Special(スペシャル)・Eksekutif(エグゼクティブ)・Bisinis(ビジネス)・Ekonomi(エコノミー)と別れる。速達列車とは何ぞや。

 

エグゼクティブの車内美しく清潔なり。教授夫人が作れる弁当は揚げパンの如きものか。幼き頃より食したる味覚は如何。車窓にバナナ、ブーゲンビリア、ココ椰子、シュガーケイン、茶色煉瓦造りの建物と茶の瓦屋根。川に差し掛かる時ダムは日本が十四年前に作りしものと教授答える。マランインドネシアの他の街に比べて緑多し。教授曰く四〇年前マランの朝十五度山のバトウさらに寒と。自然変化すと。

 

一九四二年あまた兵士ジャワ島に駐屯す。戦争の終焉のみが彼らを帰国させること疑わず。唯一の心の支えあり。行軍は止まず。

 

兵士にもひと碗の水海の夏

足元の汚れし花に雨が降る

 

ホテルは廉価にして美しく公的バス街を走る。狭きところに詰め込まれし多くの人々窮屈さに息つまる。決められしバス停留場ありや。バス停留場より歩きし時数分。両手両足を切断した男あり。街路に続く商店。日に焼けし筋肉質の体躯に物語ありや。下半身隠す理由ありや。首より下げる小さき袋に何をか入れん。白髭あり。髪未だ黒きは如何に。人は何によって生きるかと問う。傍の女男の金確かむ。インドネシアの大地に溶ける黒い太陽は巨大なり。

 

押し黙るガラス窓にも子供かな

美しき女の足に夏の空

 

汗首もとを濡らし張り付く。ソロに着く。ソロは古の名。スラカルタというは現在の名なり。古の道歩く人に会う。王国は今もありや。マラン駅より歩く。花を売る人々の街路に向かう。スプレツティドインという名は知らず。ヨーロッパ人観光客多しという。

 

夕やみにヨーロッパ人も振り向かず

椰子の影星降る空に風の海

 

 

早朝誘われて海に出る。バンダールランポンというところへ向かう。日曜日

といえども人モーターバイク車多し。スマトラ島の東にして多く勾配起伏あり。車窓より養殖用池多数。谷の底に海。砂浜にあらず粘土質にして海の気配異なる。透明な海水は湖の如く無機質なり。竹坊の如きやわらかきものにより固定したる小舟より湾内を見る。太陽に照らされし濃い緑で覆われた森を見る。水を切る小舟は走る。

 

ヒジャブとは クルアーンによる 戒律と

海の色光に浮かぶ女たち

砂浜も朝の光に照らされて

 

パイナップル農場

 

バンダールランポンより北へ向かう。焦げ茶色の肌は常に何かを食う。何を食うか。人々は太陽の海に流され出会いを求むか。河の澱んだ水美しきものもっとも論理的に破壊し長き間考えしことに暫し出会う。赤道直下のその言葉は焼け焦げた心なりや。未だ会ったことのないその人の言葉は太陽の光に照らされて海の向こうに流されていくか。いつの日か出会うインドネシアの友よ。流れる水と緑色の葉に出会う時ただ立ち止まって見る。黒色太陽の影は心を包む。皆笑う。理由はない。キラキラと光る真空の光が緑色の肉厚の葉面を照らし、過去を捻じ曲げるパイナップル農場に働くのは誰ぞ。土は鉄色の赤で植物を工作し人間のプロパガンダとして働く。日々農場の中をまるでロディオのように揺られながら腰を痛める日々。雨は轟音を立てながら地面を泥沼にする。土と泥水はすべての過去を覆い尽くしピーナツを食べながら待つ。バンダールランポンの土の上には、今日も雨が降っている。

 

金色に光る花とはパイナップル

泥の中には金色に光る実か

太陽になすすべはなし朝のつゆ

 

熱帯の鳥の声で目覚める。夢の中から覚醒する朝の祈りは脳髄を刺戟し蜜のごとき甘さで喉は濡れる。

 

鳥籠に透明な朝泥の水

動物と一夜の月に吠える国

真空の谷駆け上がる人の声

 

 

 

二〇一五年十二月五日 帰国後のその年

二〇二〇年二月十四日 七〇歳の自覚の日に

二〇二〇年三月二十日 句一句改稿

子平

 

 

<縦書き>

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